March 22, 2018

イラク戦争15年 ーイラク戦争の検証を求めるネットワーク声明ー

 今年の3月20日にはイラク戦争から15年になります。イラク戦争はアメリカやイギリスなど開戦した国々ですら「間違った戦争」と認めた戦争です。開戦の口実となった大量破壊兵器は見つからず、逆に内戦状態に陥り、IS(=イスラム国)が台頭するなど世界中にテロの拡散と混迷を招きました。イラクの人々は「テロ」と、それを撲滅するはずの「対テロ」の双方によって命を奪われ続けているのです。

  あの時、日本はいち早く米英の開戦に支持を表明しました。世論の反対を押し切ってイラクへの自衛隊派遣も...

March 16, 2018

 2003年の「イラク戦争」直後に、私も戦後のバグダッドに数回通って取材した。しかし、あれから十数年、私は現地に戻っていない。

その後、シリア情勢が悪化し、中東報道の焦点はシリアに移った。犠牲者が2000人を超えるガザ攻撃のような大事件が起これば、今度は世界の注目はパレスチナへと移るが、すぐに次の大事件、大惨事へと国際社会の注目や報道はスウィングしていく。そんな状況の中で、ほんの十数年前のイラク戦争も「過去のこと」「終わったこと」として人びとの記憶から消えていく。

 しかしその後、世界を揺るがすIS(イスラム国)の出現、混とんとした現在...

March 15, 2018

イラクに初めて行ったのは1998年でした。

1991年の湾岸戦争から7年目でした。

多くの子供達が戦争の時に使われた劣化ウラン弾で病気になり、

苦しんだ末に私の目の前で亡くなって行きました。

戦争が終わったのに、戦禍は続いていました。

そんなイラクにまた新たな戦争が2003年に始まりました。

あの戦争によって、何もかもめちゃくちゃにされた人々が 500万人、

家や家族を国を失って、今も苦しんでいます。

戦地に行ったアメリカ兵もまた帰国してからも苦しんでいます。

この二つの戦争に日本は加担しています。

私たちに何ができるのか、それはまず知ることです。

自分...

March 13, 2018

イラク戦争を検証し、二度と同じ過ちを繰り返してはならない。

イラク戦争は法的にも、政策的にも、道義的にも、間違った戦争であった。

この戦争の結果が「イスラム国」を生み出し、

北朝鮮に非核化のための対話路線を放棄させた。

21世紀を「テロ」と対テロ戦争と核拡散に導き込んだと言える。

だからこそ、15年たった今でもこの戦争を検証し、

間違った歯車を正さなければならない。

日本政府が改憲の前にやるべきはこのことである。

谷山博史(イラク戦争の検証を求めるネットワーク 呼びかけ人・

日本国際ボランティアセンター(JVC) 代表理事)

「IRAQ DAY 」に参...

March 9, 2018

相手のことを知ってみることで気がつくことがたくさんあります。

イラクってどこにあるの?イスラム教ってどんな宗教?どうして戦争がおこるの?

日本の暮らしの中で浮かんでくるシンプルな疑問に触れてみると

世界とつながるきっかけを誰しもが手にすることができます。

私にとってもイラクとつながるきっかけはそこにありました。

イラクとこれからも関わっていきたい。

いつもそう想っています。

 渡部陽一(戦場カメラマン)

イラク戦争では日本も参戦国です。日本政府は米国を全面支持し、自衛隊の派遣を行ない、戦争遂行のため、数千億円のカネを準備しました。そのことを日本人は...

March 8, 2018

(元海兵隊員より日本の「イラク戦争を知らない世代」のみなさんへ)

僕は、子どもの頃は戦争反対!と思っていたし、戦場で生きなければならない人たちのことをいつも気にかけているような子だった。だけど、高校を卒業する頃には、ごく普通の十代の子たちのように将来に不安を感じていた。僕はみんなに好かれたかった。周りの男たちに、タフな奴だと思われたかった。女の子には勇敢な男だと思われたかった。それより何より、刺激的な冒険を欲していた。その時点で、僕はそれまで思っていた”戦争はダメ!“ってことをすっかり忘れてしまい、米海兵隊に入ることを決めてしまった。...

March 6, 2018

生と死の狭間の15年。

戦乱や混乱の傷跡を抱えつつ、イラクの人たちは前に進もうとしている。
ならば、私たちはその戦乱や混乱の傷跡を見つめつつ、
日本とイラクの過去と未来も見つめる必要がある。

綿井健陽(ジャーナリスト・映画監督)

イラク戦争では自衛隊をイラクに派遣し、自衛隊は米軍の「テロとの闘い」を支えました。

イラク戦争で犠牲になった市民は65万人とも言われています。

私たちは、かけがえのない、多くのイラクの市民の生活を、人生を、命を奪う立場に、

アメリカと一緒に立ちました。

いまなお、憎しみと悲しみの連鎖が拡大しているイラクの市民に対して、

私...

March 4, 2018

イラク戦争前、イラクのこどもたちには笑顔がありました。

しかし、国連の経済制裁によって、市民の暮らしは厳しいものでした。

医薬品は手に入らず、助かるこどもたちが次々と亡くなっていきました。

十分な食べ物もなかったのです。

私は、大量破壊兵器を作れる経済力が無いことを取材をしていてよくわかっていました。

アメリカは平和を愛する世界の世論を無視して戦争に突入しました。

日本は真っ先にアメリカの侵略戦争を支持し、自衛隊を派遣しました。

あれから15年、出口の見えない混乱の責任の一端は私たちにあります。

イラクのこどもたちに笑顔を戻すために私たちは何をしな...

March 3, 2018

あれは「私たちの戦争」だった。私たちの国が海で、空で、陸で直接関与し、私たちの70%が反対し、私たちの多くが声をあげ、言葉を費やし、街頭に繰り出した。

この「私たちの戦争」によって、おびただしい人々が命を失い、今なおおびただしい人々が痛ましい人生を余儀なくされている。15年という区切りの刻に、過去を振り返り、意識に刻み込み、困難な未来を見据えたい。

池田香代子(ドイツ文学翻訳家)

15年前、僕はどうしても戦争を止めたくて、イラクに行って「人間の盾」になりました。戦争は止められませんでしたが、イラクにたくさんの友達ができて、アートや歌などの...

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